大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)9号 判決

原告 山崎美治

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和二十九年抗告審判第二、二一五号事件について、特許庁が昭和三十二年一月十日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、昭和二十七年十月二十日別紙目録記載のように、「富士鳩」の文字で構成されている原告の商標について、第三十六類足袋、学生服その他本類に属する商品を指定商品として、その登録を出願したところ(昭和二十七年商標登録願第二六四一五号事件)、審査官は、原告の出願について登録を拒絶すべき理由を発見しないものとして、昭和二十八年六月十一日これが出願公告をなした。しかるに訴外藤原猛から、原告の右出願の商標は、同人の有する別紙目録の登録第四一四一六七号商標(昭和二十七年八月四日登録にかかり、第三十六類被服、手巾、釦鈕及び装身用ピンの類を指定商品とする。)に類似するとの理由で、登録異議申立があるや、審査官は、右異議の申立は理由があるとして、昭和二十九年十月二十日原告の登録出願について、拒絶査定をした。原告は右拒絶査定に対し、同年十一月十八日抗告審判を請求したが(昭和二十九年抗告審判第二、二一五号事件)、特許庁は昭和三十二年一月十日原告の抗告審判請求は成り立たない旨の審決をなし、同審決は同月二十三日原告に送達された。

審決は、原告の出願商標と登録異議申立人の登録商標とを比較して、「両者は外観上からみるときは明らかな差異があるとしても、これを称呼及び観念の上からみると、前者は「フジバト」(富士鳩)の称呼及び観念が生ずるところ、後者においては、上部に「平和富士」の文字が横書されているけれども、富士の図形と二羽の鳩の図形が、ともに顕著に表わされていて、この部分は分離して、商標の要部をなすところであるというのを相当とするから、たとい「平和富士」の文字から「ヘイワフジ」(平和富士)の称呼及び観念が生じても、富士と鳩の図形から「フジバト」(富士鳩)又は「ハトフジ」(鳩富士)の称呼及び観念を生じるものといわなければならない。故に両者は「フジバト」(富士鳩)の称呼及び観念において共通するところがあり、この点で両者は取引上誤認混淆を生ぜしめると認めざるを得ない。しかも両商標の指定商品は、互に抵触するものであるから、結局本件の出願商標は、商標法第二条第一項第九号によつてその登録は拒否を免れない。」としている。

二、しかしながら審決は、次の理由により違法であつて、取消を免れない。

(一)  審決は商標の構成部分を分離して観察している。すなわち引用商標について、「平和富士」の文字が横書されているけれども、富士の図形と二羽の鳩の図形はともに顕著に表わされていて、分離して右商標の要部となすべきであるとしているが、もし該商標について、富士と二羽の鳩の図形が要部であるとするならば、その上部に特大顕著に記載された「平和富士」の文字も、またその要部たるを失わないわけであつて、このように相対する要部を以て構成する商標の場合、図形のみを分離して、文字を無視しなければならない理由はないはずである。もし引用登録商標の要部である「平和富士」の文字を無視しなければならない特別の理由があれば、その理由を明示すべきであるにかかわらず、この点について一言半句も言及しない審決は理由不備といわなければならない。

(二)  審決は商標構成中の文字を無視逸脱している。すなわち審決は、引用登録商標に記載されている「平和富士」の文字の存在を是認しながら、原告の出願商標との類否観察にあたり、全然これを無視している。しかしながら商標が類似するかどうかを決定するには、その文字が商標法第二条第二項に規定する権利不要求部分に該当しない限り、文字、図形若くは記号又はその結合であると否とにかかわらず、その構成の全体的態様から観察すべきであつて、これらの構成部分からある一部を分離し、もしくは切断してみることは失当である。いわんや図形と文字との結合から構成される商標の場合は、文字こそがその商標の称呼又は観念を決定する重要な作用をなすものであつて、文字は図形に優先して重視されるべきである。事実急速を使命とする取引社会においては、商標を構成する文字が、その商標の決定的称呼又は観念を与えているものであることは、実験則上争い得ないところである。審決がこのような明白な事実と条理とを無視して、引用登録商標中に特大顕著に記載されている「平和富士」の文字を無視逸脱したことは、明らかに違法である。

(三)  審決は商標の外観を除外して類否を決定している。すなわち審決は、両商標はこれを外観上からみるときは、明らかに差異があるといいながら、その類否の判定に当つては、両者の呼称及び観念のみに注目し、外観を全然除外して、その類否を決定したことは違法も甚だしい。いうまでもなく商標は商品の標識であつて商品につけて使用するものであるから、外観形象を有するものでなくてはならない。外観形象とは、視覚によつて理解し判断されるものである。そしてこの外観は固有の観念を有するものであること、または呼称し得るものであることを必要としない。つまり商標は商号のように、文字を以て表現し判読し得ることを要件とするものでないから、文字、図形、記号若しくはこれらの結合から構成されるものであれば足りる。従つて商標においては、外観は常に呼称及び観念に優先しているものとみるべきことは否定できないことであり、商標の類否の判定に当つても、この理念を閑却することはできない。けだし呼称や観念は外観に随伴して生ずる第二次的のものであつて、外観を離れて呼称及び観念を生ずる余地がないからである。それだけでなく敏速を尚ぶ取引社会においては、外観から生ずる観念の如きは全然顧慮する暇もない程であつて、商標の類否の判定に当つて、観念上の類否などを特に取り上げて論議するには特段の理由の存する場合に限らるべきであつて、幾多の学説、判例及び審決は、これを示している。すなわち従来の審決例は、「高貴」と「光輝」、「正成」と「楠公」、「菅公」と「観光」とは、いずれも称呼や観念が全然同一であるにかかわらず、非類似商標であると認定したもので、この認定された所以は、原告がここに主張するように、商標の類否に当つては、外観は、称呼、観念に優先して考慮すべきものであることを雄弁に立証している。

(四)  審決は一個の商標から複数の称呼及び観念を求めている違法がある。すなわち審決は、「引用登録商標からは、平和富士の称呼、観念を生ずる外、フジバト或はハトフジの称呼、観念をも生ずるものといわざるを得ない。」と述べているが、このように一個の商標から、複数の称呼、観念を生ずるとすれば、結局その商標には要部なるものが存在しないことに帰着するばかりでなく、もし審決の説示が妥当であるならば、引用登録商標からは、平和富士鳩、平和富士同鳩、富士同鳩等の称呼、観念を生ずる筋合であり、このような称呼、観念を生ずるとすれば、引用登録商標と本件商標との類否関係もまた自ら審決の理由と異つた結論が出て来るべきであつて、この点に関しても論及しなければならないのに、審決理由においては、全然これに触れていない。これ、取りもなおさず、審理を尽さないばかりでなく、理由にも不備があると断ぜざるを得ない。

(五)  審決は吾人の経験則と取引社会の実情を無視した違法がある。審決は、引用登録商標に特大顕著に記載された「平和富士」の文字を無視した違法があり、このことは前述したとおりであるが、文字と図形の結合から構成される商標にあつては、第一はハツキリ読まれて理解される文字が印象され認識されることは、人情の自然であり、吾人の経験則に徴し、或は取引社会の実情に照らして明らかである。してみれば謂うところの文字商標と文字と図形との結合から構成される商標との類否観察に当つては、取引者及び需要者が当該文字を判読し得るか否かの点も軽視できないわけであつて、引例登録商標の「平和富士」及び本件商標「富士鳩」の各文字を読解し得ない者なら、根本的に両者を誤認し、混淆する余地がないであろうし、これに反して以上両商標の文字を読解できる者ならば、これまた両商標を誤認し混淆することは、断じてあり得ないことである。そして現在の社会で両商標の文字を読解し得ない者は稀であり、仮りに読解し得ない者があるとしても、このような者は例外に属するものであるから、商標の類否観察が通常人の通常の注意力を以て標準とするものである以上、例外的な少数者を標準として論ずべきでないこともまた勿論であつて、この点においても審決は誤つている。

(六)  ひるがえつて考えるに、引用登録商標は、審決が説示するように、富士山の下方に二羽の鳩を向い合せた上方に、極めて明瞭顕著に「平和富士」の文字を記載して構成されたものであるから、これから生ずる称呼が「平和富士」であることは、前述のように商標の自然的観察上当然であるばかりでなく、その図形と文字との結合関係においても、かようにみることが公平妥当である。けだし鳩は平和の表徴として「平和」の代名詞的観念を有するし、富士もまたその泰然自若として悠容迫らない形態からして「平和」のシンボルとして観念されることは、全日本国人の認識するところであり、承認するところであり、従つてこの富士と鳩の図形を結合して、「平和富士」の観念を生ずることはまことに自然であるからである。だから引用登録商標から、「富士鳩」(フジバト)又は「鳩富士」(ハトフジ)の称呼、観念を生ずるものであるとする審決は、客観的妥当性を欠き、独断の譏を免れない。

以上これを要するに、審決は、商標はその構成の全体が一体不可分の関係において、商標の要部を構成するものであるにかかわらず、これを勝手に分離切断して、引用登録商標中には二個の要部が存在するものと誤解し、その構成の一部である図形のみを抽出して、本件商標の類否に供した違法性があると同時に、引用登録商標は、その構成の全体的態様からして、最も呼び易く、しかも記憶し易い「平和富士」として呼称され、観念されるのに反し、本件商標は「富士鳩」の文字自体において称呼、観念されるのが極めて自然的な観察であり、かつ商標類否観察並びに商標認識の実験則であるにかかわらず、これらの事実と条理を無視して、引用登録商標もまた「富士鳩」或いは「鳩富士」として称呼観念されるから本件商標と誤認又は混淆を免れない、とする思考は、全く事物を公式的劃一論を以て解決しようとするもの以外の何物でもなく、その誤認たることは極めて明白であつて、当然取消を免れないものである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対して、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一の事実は、これを認める。

二、同二の主張はこれを争う。

引用の登録商標は、「平和富士」の漢字を楷書体で左横書し、その下に翼を拡げた二羽の鳩を向い合せて線描きし、その背景に富士山の図形を顕著に線描きして成るものであるから、「平和富士」なる漢字と「富士山と鳩を結合させた」図形とを組み合せた商標であつて、原告の主張するように、「漢字と図形」とが一体不可分に結合された商標であるとは認められない。すなわち、(イ)漢字と図形とは、直接に関係のない形象であること、(ロ)その構成態様の点においても、図形の部分は漢字より一層顕著に大きく描き出され、該図形中の「富士山と鳩」は、ともに世人の間に親しみ深く、かつその認識顕著な図柄であること等の点からして、引用の登録商標中の「漢字」と「図形」とは、分離可能なものであるというべく、従つて、引用の登録商標を看者一見するときは「ヘイワフジ」「平和富士)と称呼及び観念することあるとしても、なお右のようなわけで「フジバト」(富士鳩)或は「ハトフジ」(鳩富士)と称呼し、観念するものであることは、その構成上自然であり、商取引界における取引上の経験則に照らしてもまた明らかである。

原告はなお、従来の審決例を挙示して主張するところがあり、被告も曽てこのような審決があつたことは認めるけれども、これと本件事案とは無関係であつて、これらを以つて、本件事案と比較対象すべきではなく、従つて、これら審決例を根拠とする原告の主張も理由のないものである。

第四証拠(省略)

理由

一、原告主張の請求原因一の事実は、当事者間に争いのないところである。

二、右当事者間に争いのない事実と、その成立に争いのない甲第一、二号証とを総合すると、原告の登録出願にかかる商標は、別紙記載のように、「富士鳩」の文字を、行書体で縦書にして構成されており、審決が引用した登録第四一四一六七号商標は、別紙記載のように、「平和富士」の文字を楷書体で左横書にし、その下部に線描きにした富士山の図形を背景とし、同じく線描きにした二羽の、翼を高く拡げた鳩が互に向い合つて立つ図形を顕著に描いて構成されておるものであることが認められる。

三、よつて右両商標が類似するものであるかどうかを判断するに、両者がその外観において相違することはいうをまたない。

そして右引用商標は、その上部に記載された「平和富士」の文字により、これを「へいわふじ」(平和富士)と呼び、「平和な富士山の姿」と観念する人が多いことは決して疑わないが、他面その指定商品である被服、手巾、釦鈕及び装身用ピン等の取引者、購買者を念頭において考察すると、この商標を見、またはこれを付した商品を記憶する人々のなかには、商標の大部分を占め顕著に描き出された前記鳩と富士山の図形により、これを「はとふじ」(鳩富士)又は「ふじはと」(富士鳩)印と呼び、かつ「鳩と富士山の姿」とによつてこれを記憶するものが、また決して少くないと解せられる。

一方原告の本件出願の商標は、前記認定の構成上、これが「ふじばと」(富士鳩)と呼ばれ、「富士山と鳩」の印として記憶されることは、問題がないところである。

してみれば、両商標は、その称呼と観念とを同じくして取り扱われる場合が決して少くなく、互にまぎらわしい場合を生ずるものと解せられるから両者は互に類似する商標といわなければならない。

四、原告は引用登録商標について、その構成部分である文字と図形とは分離して観察すべきではなく、また商標が文字と図形とから構成されている場合には、その称呼、観念の決定に当つては、文字は図形に優先して重視されなければならない旨を主張し、証人根岸亮一、野中勇次の証言によつても、右引用登録商標は、取引者の間にあつては、「へいわふじ」(平和富士)と呼ばれるものであることを認めることができるが、右引用商標の構成は前述のとおりであるから、これを見、またはこれを付した商品によつて、その商標を記憶する、指定商品被服等の一般購買者が、商標全体の文字及び図形または上部の文字によることなく、図形のみによつて、これを呼び、記憶することも決して不自然とは解されない。しかのみならず、右引用商標を全体として観察し、または上部の「平和富士」の文字を重視したとしても、原告が請求原因(六)において主張するように、「鳩は平和の表徴として、平和の代名詞的観念を有するし、富士も平和のシンボルとして観念される」ものであるから、右引用登録商標及び原告の本件出願にかかる商標のいずれもが、「平和な鳩と富士」の観念を呼び起し、看者に印象付けるものと解せられ、この点からも、両者はまぎれ易く、類似するものといわなければならない。

五、原告はまた上記の認定が、商標の外観を無視し、本来二次的性質を有する称呼、観念によつてのみ類否を決定し、また一個の商標から複数の称呼及び観念が生ずるとするものであつて不当であると主張する。わが商標法上登録を受けることのできる商標が、文字、図形若しくは記号又はその結合等外観形象を有するものでなければならないことはいうまでもないところであるが、商標が取引上営む出所の表示、品質の保証、広告の手段等の機能について考察するときは、その有する称呼及び観念は、外観と同様重視しなければならないものであつて、称呼又は観念において、まぎらわしい商標は、外観の類似する商標と同様、商標の有するこれら機能の完全な発揮を妨げるものとして、その類否の判定について、独立してその基準となるものといわなければならない。この点について原告は、特許庁における過去の審決例に言及しているが、(甲第三号ないし第七号証)商標の類否は、各指定商品について、当時における取引の実情に即して決定せられるべきであるから、これら審決例が、本件における判断を左右するものでないことはいうをまたない。

また商標が、二個以上の文字、図形等から構成されている場合、これらの構成要素が不可分的に結合し、一体としてのみ観察せられる場合を除いては、看者が構成要素のうち、顕著な部分を取り上げ、それに応じて、これを呼び、観念することは、世上決して稀なことではなく、従つて一個の商標から複数の称呼及び観念の生ずることが不当であるとする原告の非難もあたらない。

六、審決は、以上当裁判所の認定と結局同一に出でたものであつて、審決が吾人の経験則と取引社会の実情を無視したものであるとの原告の主張も採用し難いものであるから、審決を違法なりとして取消を求める原告の本訴請求は理由なく棄却を免れず、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

本件の出願商標

引用の登録等414167号商標

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例